犬や猫、豚や鶏や牛、ウサギやマウスやイルカなど、私たちが知らない動物たちの本来の姿や、行動を紹介します。

肉にされる鶏たちのこと

2020/12/25

アニマルライツセンターは「国産鶏肉」にされる鶏たちの一生をおったレポートを公開しました。
このレポーをまとめた会報を読んだ、ピアカウンセラーで人権活動家の、安積 遊歩さんから寄稿をいただいたので、紹介します。
クリスマス、年末にかけて殺される鶏は増加します。鶏たちの苦しみをこのまま継続させて良いのか、一度立ち止まって考えてもらえたら、と思います。

肉にされる鶏


私は車椅子を使い生活している。骨の弱い体を持っているため、何度も骨折してきた。脊椎が極度に変形しているので、13歳の時に脊椎を真っ直ぐにする手術を勧められて、それが怖くて、以来、整形外科には行っていない。それでも同じ骨の特質を持った娘を40歳で産んだ。彼女はギブスも手術も全くしていない。15回ほど骨折していても、いつも自分で治してきた。

私と娘は、私は20歳の時から、彼女は生まれた時から、なるべくベジタリアン生活を心がけ、ここ数年は家の中では完全ビーガンだ。もっとも彼女は今、ニュージーランドで3人のシェアメイトと暮らしているので厳格ではなさそうだが。
ニュージーランドは酪農の国なのでチーズは本当に美味しい。でもそのミルクがどんなふうに生産されるかを知ってからは食べる量が極端に減った。今はほとんど摂っていない。チーズの代わりに、娘は豆腐クリームをケーキやピザに使うようになった。

ところで今号の会報の特集は「ブロイラー」だった。私は20回以上足を骨折しているので、鶏たちのその痛みはまさしく自分の痛みだ。人間で言えば1、2歳の子を60kgにして、50日で殺して食べる。その現実は生き物という命を持った仲間に対するものとして、あまりに酷すぎる。酷すぎてしばらく感じる力がストップしていたが、今これを書きながらようやく涙が溢れてくる。

生まれる前から人間の都合で、品種改良という名の、体の変容を迫られ続ける家畜たち。夥しい薬、いや、本来の体にとっては毒以外の何物でもないものを入れられ続け、肥満させられ続けてきた種。

その種は生まれた瞬間から選別され、要らない、と見なされたらシュレッダーにかけられ、あるいは踏み潰され、殺される。

昔、半世紀ほど前のお祭りでは、要らないと言われた、可愛いヒヨコたちがいっぱい売られていた。私はそこに行くたびにヒヨコを何羽も買ってもらった。その中の一羽が育ち、祖父がそれをさばいてくれた。

私の家族は貧しかったから、1個の卵にお醤油をじゃぶじゃぶかけ、5人で分け合って食べていた。それだけがおかずの日もよくあった。だから祖父が捌いてくれた肉は、私が育てたので原価5円。とても安いし、普段は食べられない丸ごとのお肉ということで、見ている私は期待満載だった。ところが目の前で首を切られ、羽を毟られ、逆さにされ、血抜きをするのを見て、その期待は木っ端微塵となり、気持ちの悪さだけが残った。

その時私は、たぶん7歳。その後、数ヶ月は鶏肉を食べられなくなった。
祖父は優しい人だった。優しいからこそ私を喜ばせたくて、私の飼っていた鶏を目の前で捌いてくれたのだ。

その鶏は、私の家の小さな庭であまりにもうるさく鳴くということで肉にされてしまった。それでも私は数ヶ月が過ぎてからは、また鶏を食べ出したし、豚肉も大好きだった。牛は高すぎて買えなかったから、牛を食べたいと思うことはベジタリアンになる前でもほとんどなかった。

今回のブロイラーの記事はあまりにも辛かった。それはその思い出が体の底から蘇ってきたからかもしれない。「私と肉体は違えど命なのだ」という想い、連帯感が残酷な記事の行間から湧いてくるようだった。

私たちは大量消費市場主義に完全に呑み込まれてしまっている。少しでも多くお金を得て好きなものを買い、美味しいものを食べることが幸せなのだ、と信じ込まされている。その「美味しい」とされる動物たちの体には私たちと同じように真っ赤な血が流れ、痛みや苦しみを感じているにも関わらず、だ。

私は10代になりたての頃、2年半、障害を持つ子供たちの施設に居た。施設というのはこの大量消費市場主義を是とするためにある場所だと言える。

私の居た施設には、障害を持つ子の体に本人の思いに全く耳を傾けることなく、リハビリや過酷な手術をする医療が、まず目的としてあった。そのうえで、そうした社会、大人が考えることこそが正しいという、「教育」という名のマインドコントロールをする学校とがドッキングしていた。食事の昼と夜のおかずは必ず肉か魚が使われていたから、あの頃から家畜や養殖魚の残酷な状況が始まっていたのだろう。

毎年毎年クリスマスとお正月がやってくる。消費者によく知らせないように、そして知りうるところでは美味しさと栄養だけを言い募るコマーシャリズムによって、残酷の極みで作り出された肉を、たくさん買わせようとするシステムが激化する。
すべての人にベジタリアンになってほしいと強要する気持ちはないがせめて、フライドチキンにされた鶏たちは、どんな仕打ちを受けているのか、こんなに安い卵はどこから来るのかを想像して考える力を少しは取り戻してほしい。

そしてみんなに、特に子供たちに、動物も生き物なのだ、私たちのように親子と言う関係の中でに生まれたくさんの仲間の中で生きる事が必要なのだ、そういうことを思い出してほしいと願わずにはいられない。
 

ブロイラーが産まれてから屠殺されるまで
https://50days.jp/

 


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